2009.08.16

ニーズがあるなら行動してみる

KIQTAS(キクタス) / 早川 洋平

早川-洋平

KIQTAS(キクタス) 早川 洋平

「インタビュー発信を通じて、一人でも多くの人に活力を与えたい」とおっしゃるのはKIQTAS(キクタス)の早川洋平さんです。早川さんは新聞 記者を経て、現在はポッドキャストを軸にしたコンサルティングビジネスや広告ビジネスを展開している“新規メディア立ち上げ人”です。「学生時代はサッ カー一筋でプロのサッカー選手を目指していた」という早川さんに、今の事業を行うに至った経緯や起業の魅力、そしてご自身の夢について伺いました。

「きっかけはサッカーから」

まず初めに、学生時代のお話をお聞かせください。

  高校時代はサッカー部に所属していて、プロの道に進もうと思っていました。私が中学生になると同時にプロサッカーリーグのJリーグが開幕したので、将来は ワールドカップに出場しようという夢がありました。大学では高校までサッカー一筋だったので、視野を広げるためにいろいろな経験をしようと思い、様々なア ルバイトを始めました。そのアルバイト代で海外旅行に行ったことが大学生活で特に印象に残りました。大学3年の時に、一人でアメリカの西海岸とタイに行 き、見聞を広げました。サッカーだけだった価値観をそこで大きく変えるきっかけになりました。

学生時代から起業をしようと思っていたのですか。

  全く思っていませんでした。大学3年の進路を考える時、やっぱり自分はサッカーに携わる仕事がしたいと思いました。サッカーに関する仕事は様々あります が、当時はちょうど日韓ワールドカップの時期だったので、サッカーライターの需要が高まりつつありました。私もスポーツライターに憧れていたのでマスコミ 関係の仕事をしようと思いました。また、父親が出版社の編集者だったので以前から興味はありました。父親の影響とサッカーに対する思いが重なり、スポーツ ライターになろうと思いました。就職活動はマスコミ関係、特にスポーツ新聞社や一般の新聞社に就職しようと思い、縁があって広島の新聞社で働かせてもらう 機会を頂きました。だから当時は起業しようは考えていませんでしたね。

起業をしようと思うきっかけを教えてください。

  新卒で入社した新聞社で勤務をしていたんですが、しばらくして体を壊してしまったんです。新聞記者というのは体力的に辛かったからです。ずっと体育会系の 部活に所属していたので体力には自信があったのですが、それが逆に仇となり精神的にも追い詰められてしまうようになってしまったんです。新聞社を辞めてか らは公務員を目指そうと思ったこともありました。不規則になりがちな業界から、規則的な仕事ができる職業に就きたいと思ったからです。けれども、いろんな 人にインタビューをして自分が成長し、それを発信して読者の役に立ちたいという思いが強くなりました。だから改めてマスコミ関係で就職活動を始めたんで す。その結果、大手新聞社の関連プロダクションで働くチャンスを得ました。そこで働いていたのですが、プロダクションという特質から、できるのはあくまで 下請けの仕事のみ。安定していましたが不安に思ったんです。仕事自体は楽しいけれども、上から与えられるだけの仕事が中心で、自分から提案できない。この ままでは一生後悔する─そんな思いをいだくようになりました。 
 
 そんな折、ひょんな事がきっかけで出会ったある方から、完全フルコミッションの企画制作会社の紹介を受けました。マスコミ関連の会社ではないけれども、 そこでは自分がやりたいことが出来ることに魅力を感じて入社しました。けれども入社してみると、思うように自分の仕事が出来なかったんです。自分の会計の 知識や人脈、ノウハウが少なかったからです。そこですごく悩みました。けれども何をすれば良いのかわかりませんでした。その時に今の自分が好きな事、持っ ているものは何かと考えました。読書と人にインタビューをすることが好きなので何か利用できる事はないのかと日々考えていました。そうやって考えているう ちに、インタビューをポッドキャストで配信しようというビジネスモデルが生まれました。 最初はライフワークとして行っていたので、ビジネスとして成り立つとは思ってもいませんでしたが、周りの人やインタビューを引き受けてくださった人にも恵 まれ、徐々に軌道に乗るようになってきました。そののち、ビジネスとして成立する見込みがたったので会社を辞めて起業しました 。

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