2011.09.09

すべてがデザインに繋がっていく

株式会社SAMURAI / 佐藤可士和

佐藤可士和

株式会社SAMURAI 佐藤可士和

89’ 株式会社博報堂 入社/大阪支社 制作局勤務
93’ 東京第一制作局の異動 00’ 株式会社博報堂 退社 SAMURAI設立

 

「すべてがデザインに繋がっていく」

可士和さんとアートの出会いとは?

 高校2年の時に文系か理系で進路が分かれますが、その決断で今後の人生で大きく変わると感じ、色々と悩んでいました。大学で勉強する内容にはどれも興味を持つことが出来ず、特にいきたい学部も特になく、熱中できないことを勉強しても自分のためにはならないなのではないかと感じていました。自分の人生が、なんとなく大学に行き、なんとなくサラリーマンになるのかなと思った時に、すごくつまらない感じがしましたね。進路に迷っている中で、美術大学という選択肢もあるなと考えるようになったのです。自分は幼い頃から絵を描くことが好きでしたが、体育が得意な人が、必ず体育大学に行くのとは限らないのと同じように、自分も美大に行くとは考えていませんでした。しかし進路を模索している中で、気が付けば美大という選択肢が自分の中で大きくなっていたんです。そこで試しに一度、美大受験専門の冬期講習会に参加しました。そこでダメだったら他の道を考えればいいと思い、通ってみました。結果的に、その講習会が自分の人生を変えたのですが、最初の3時間ぐらいで雷に打たれたみたいに感激し、こんなに楽しいことが世の中にはあるんだという感覚を覚えました。

今までに絵を書描かれたのとは違うのですか?

 今では、遊びで絵を描く感覚でした。わざわざプロ用の道具を用意して、本格的に描くということをしたことがなく、講習会での授業に本当に感動しました。うまくは言い表せないのですが、3時間が30分くらいに感じられて、こんなに楽しいことが世の中にはあるんだという事に気づいた瞬間でした。しかも「これが受験勉強なの?最高じゃん!」と思いましたね。初めての授業の後、その日に「僕は美大に行くんだ」と決断していました。その体験が、自分のクリエイターとしての原点です。

大学時代はどのようなご活躍されていたのですか?

 すごく精力的に色々活動していました。学校の課題とは別に自主的に作品を作ったりもしていました。その他の活動としては、バンドをかなり一生懸命にやっていました。むしろ大学4年間、バンドに費やしていたと言っても過言ではないくらいですね。独学でずっと音楽の勉強もして作曲もしました。バンドに精力的になる一方で、絵を描くことと音楽を作ることは実は一緒なんだなと気づいたんです。音楽やアートの根底である、クリエイティブな部分は同じなんです。その気づきから、自分はクリエイティブを武器に様々な事ができるなと思いました。その当時、グラフィックデザインの勉強をしていましたが、その分野以外の立体や映像、空間などもデザインの対象だという意味では同列なのできっと自分にも出来るなと感じました。音楽は時間の世界、時間のタイムデザインとも捉えられます。すべてがデザインに繋がってくことを体感できたのです。

「STEP2へ進む」次ページへ続く≫