2010.10.07

英語を使って海外のサッカークラブで働きたい!

birth2010代表 駒沢大学経営学部 / 清水翔也

清水 翔也

birth2010代表 駒沢大学経営学部 清水 翔也

今回は昨年12月に開催されたビジネスコンテスト「birth」の統括代表、清水さんにお話をお伺いしました。
birth開催前、開催後の2回取材をさせて頂き、birth開催前後のどちらの心境もお伺いすることができました!
birth開催までの道のり、清水さんのこれからの活動内容は必見です!

 

「英語を使って海外のサッカークラブで働きたい!」

清水さんの高校時代はどのようなものでしたか?

 高校時代の前半は特に何もしていませんでした。そもそも私の通っていた高校は偏差値が30台の田舎の馬鹿高校だったので特有の雰囲気に流されていました。なので、勉強も全くしないで、帰宅後もバイトに行くか遊びに行くかという生活でした。私は長期休暇のたびに東京に住む親戚の家へ毎年行き、東京を好きになっていたので、 将来は東京で働こうと思っていました。また、当時は欧州サッカーにハマっていたので、 将来は英語を使って海外のサッカークラブで働きたいと思い、英語が学べる大学を選択し ようと思いました。それらをもとに、高校2年の冬ごろ3つ上の姉に相談したところ、 青山学院大学がイメージに合っていると適当に教えてくれたので、青山学院大学を第一志 望として、勉強を開始しました。当時は安易な考えで行動していたと思います。ただ、青山学院大学に入ること自体よりも、今から志望大学の試験まで、自分がどれだ け勉強を頑張れるか、周りの環境に負けずにいられるか、自分の決めた目標にどれだけ真 剣に努力できる人間なのか、それらを試していた部分が大きかったです。  
 結果的には、第二志望の駒沢大学の経営学部に入学しました。  今思えば大学はどこでもよく自分の努力次第で将来の目標は達成でき、大学の肩書なんて 関係ないと思う反面、大学の環境による情報格差はあると実感しています。

入学後の大学生活はどのようなものでしたか?

 偏差値の低い高校から駒沢大学に入学できたことは努力した結果なので素直にうれしかったです。また安易な考えで大学生活は4年間遊び通そうと思っていました。なので、 1,2年生の時はバイトをしたり遊んだりといった、典型的な大学生活を送っていまし た。

birthとの出会いはどのようなものだったんですか?

 私の大学進学が決まった年に、父親が独立することになり、父は独立準備の為にたくさ んの本を読んでいました。その中から10冊ほど借りて読んでみたのですが、1冊の自己啓発本が大変面白く、自己啓発を始め、いろいろな分野の本にハマるようになりました。同時に自分の将来について考えるようにもなりました。自分が生涯サラリーマンとして働くのは嫌だなと感じていたので、「起業」という言葉に興味を持ちました。そして、起業について色々調べていると、 birthというビジネスコンテストとそれを運 営している起業塾の存在を知り、birthを見に行ってみることにしました。それがキッカケで起業塾への入塾を決めたのです。当時は起業すること自体を目的として考えていました。  ただ、入塾を決めた1番の理由は【今の自分を変えたい】という気持ちでした。自分の性格上、いろいろと考えすぎて結果的に行動しない。そして、目の前にあるチャンスを逃すという人でした。このままでは4年間だらだらと過ごすだけで、わざわざ東京に来た機会も生かせず、面白くないなと思いました。

birthの代表となる経緯はどのようなものでしたか?

 入塾から数か月が経った頃に、今まで起業塾で運営していたビジネスコンテスト「birth」の運営を担当する学生団体が発足することになり、最初のミーティングで代表に 就任しました。しかし、立ち上げてから3カ月ぐらいは代表としての自分も運営も軸がぐらぐらだったこともあり、10人の初期メンバーで最後まで残ったのは3人しか残りませんでした。

運営で苦労されていらっしゃったんですね。

 はい。特に二つの事について悩みました。最初は、自分が代表らしい人間にならなくてはいけないという気持ちが強く、自分を理想の代表に近づけようとしていました。しかしこの考え方ではどうしても自分の性格が代表としての仕事にも反映されてしまうので、なかなか上手くいきませんでした。色々悩 んだ末に、代表と自分自身を全く別のものとして考えてみようと思いました。組織の代表であればこの時どうゆう決断をして行動するのだろうか、という事を意識して行動するように心掛けました。  
 もう一つは、イベントごとにメンバーの担当を設け組織化をしたことです。組織内で部門分けをしていなかった頃は運営がグダグダでした。一人一人にタスクを細かく振り分けるようにすることで、責任感が生まれ、誰に何を聞けば答えが返ってくるのかが明確になりました。これらの事を実行してからは視野が広くなり、組織全体が良い方向に向かうようになりました。自分自身の考え方を変えたことと、事業部を作り、仕事を振り分けた事がbirthのターニングポイントとなりました

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