2009.08.30

頑張って貢献する事で感じる『生きている心地』

ケアプロ株式会社インターン東京学芸大学3年 / 落合 拓史

落合-拓史

ケアプロ株式会社インターン東京学芸大学3年 落合 拓史

幼い頃から野球少年、早慶戦を夢見る若者の人生を変えたのは高校時代の挫折とある社会起業家の存在でした。
「ビジネスに目覚めてからは、早く社会に出たいと粋がっていました。早々と就職活動を終えて研修時に気づいたのは、イメージだけで就職活動をしていた事。内定を蹴ってからは、ネームバリューにとらわれず本当に自分のやりたい事を選択する事ができました。」そう語るのは東京学芸大学4年、ケアプロインターンの落合 拓史さんです。
「自分には忙しすぎる位の方が体に合っているんです。自分が頑張り貢献してると思えるときに生きている心地を感じる事ができます。」と落合さんは言います。そんな落合さんが内定を蹴り、1年を費やしたインターン生活とは・・・?

「社会起業家との出会い」

落合さんの生い立ちを教えてください。

小学校時代は野球とサッカーをやりながら、勉強もそこそこできるクラスの中心人物で、中学校では野球部に所属し、ピッチャーでキャプテンを務めていました。高校は地元の進学校に入学。進学校に入学したものの、高校ではとにかく野球漬けで、中学校では上位だった成績も高校では下を争う程でした(笑)。
その頃は野球がとても楽しくて、「頭を使っていかにして私立のスポーツ校に勝つか」をいつも考えていました。1年の頃からレギュラーで試合に出場し、将来は早慶戦を夢見ていたのですが、2年の時にケガをしてしまい。その頃をキッカケに勉強を始め、その後は東京学芸大学に入学しました。

大学入学後はどのような生活を送られていましたか?

1・2年の頃はサークルに励んでいました。模擬国連という国連会議をシュミレーションをするインターカレッジサークル で、一橋 など6大学が集まります。
全国に支部のあるとても大きなサークルです。各々が色々な国の人になりきって、様々な問題を討議しながら妥結させ、最後に英語の決議案を作ります。完全にその国の人になり きるため、かなり深いところまで調査し、その他の国も調査をしながら作戦を練るので、大学の勉強よりサークルの勉強の方が忙しく、レベルが高かったですね。
そんなことに打ち込んだのが大学1・2年です。

残念ながらその年は第一志望には落ちてしまったのですが、「まだ勉強できる!」と思い、浪人を決意。経営に興味があったということと、浪人をして高いレベルを目指すという意味で早稲田大学商学部を受験しました。問題に目をむけ、ひとつひとつを解読していくことが大切だと勉強になりました。

国際理解教育課程、欧米研究を専攻した理由を教えてください。

元々は留学がしたくて、とにかく国際と名の付く大学を受験し、今の学部に入りました。
しかし、留学をする前にビジネスに目覚めてしまいました。2年の後半にマザーハウスというバングラディシュでバックを作り、日本で売る社会起業家の存在を知り、国際問題を勉強している中で、国際問題をビジネスで解決するという考え方に初めて出会いました。
そして、世の中にはそのような社会起業家が他にもたくさんいると知ったときに、留学よりも早く自分も社会に出て、ビジネスの力を身に着けたいと思ったんです

その後はどのような経緯をたどるのですか?

僕は1年間、就職浪人をしています。
バングラディッシュで活躍する社会起業家を知り、ビジネスに興味を持ってからは、かなり早い時期から就職活動に力を入れ、ITコンサルの会社に内定を頂きました。
しかし、いざ研修が始まってみると、JAVAがとても難しくて(笑)。ものづくりも苦手で、パソコンに向かっているのも苦手。その時に、自分は人と話している方が好きだと改めて感じました。一生これをやっているのは生きた心地がしないと思ったので、もう一度自分のやりたいことに見つめ直したいと思い、内定を取り辞め就職浪人を決意しました。

内定を取り辞めてからはどんな活動をしていたのですか?

一年間学校を休学し、インターンシップを始めました。それが今も続けているケアプロです。 一年間学校を休学し、インターンシップを始めました。それが今も続けているケアプロです。

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