2011.10.05

何か一つを突き詰めてやること

東京大学 工学部4年 / 吉田将人

吉田

東京大学 工学部4年 / 吉田将人

 今回インタビューさせて頂いたのは、Social Leaders学生代表の吉田将人さんです。

twitterの大規模オフ会を何度も開催し、ソーシャルネットワークとリアルの融合を何度も実現させてきた吉田さんにインタビューをさせていただきました。吉田さんのルーツやご自身の考える世の問題、そして解決策、様々な要素が詰まった読みどころ満載のインタビューになりました。是非、ご覧ください!!

 

「僕は20歳になってやっとこの世に生まれた」

吉田さんの生い立ちを教えてください

 東京生まれ、東京育ち、旅行もあまり行かないし、海外に行ったのも大学3年の春休みのドイツ一週間だけ。家庭環境もあって、ずーっと狭い世界で暮らして来ました。 
そんな僕は、幼少時代は工作やモノづくりが大好きでした。どちらかというと、特に「何かを完成させたい」というわけではなくて「作る」という行為そのものに熱中するタイプです。何となく作業していると、いつの間にか何となく芸術っぽい作品が出来上がるみたいな感じです。 
 小・中学校時代は毎日ゲーム三昧でした。僕の周辺には習い事などを頑張っている友達もいましたが、僕には目標が全くありませんでした。むしろ、世の中のことをあまり知らないので、目標なんて持てるわけ無かったってのが正直なところかもしれません。ただ、中3の時、半ば強制的に通った個人経営の塾の先生の教え方が非常にうまかったので、そこで勉強の楽しさを見つけ、高校受験は頑張って都立の中ではトップクラスの西高校に入学できました。

 しかし、高校時代も明確な目標と言えるものはないまま過ごしていました。また同じパターンですが、高2の2月に東進ハイスクールに通い始めてから勉強にハマり、特にやることもなかったので「勉強だけはやろう」と決めました。高3の夏から東大を意識し、とくに理由もないまま東大へ進学しました。
結局、モノづくりもその「作る」という行為自体に熱中する自分だからこそ、勉強も初めてしまえば熱中してやれたってことだと思っています。 

東大へ進学されたあと、どのような活動をされたのですか?

 大学1年生の時は東進の担任助手(大学受験予備校の運営業務)を経験したことで、教科書よりも人と向き合うことの方が自分に合っていることに気づき始めました。しかし、1年生の間は、「いわゆる東大生」としてテストでいい点取ることには固執してて、難しい物理や化学の授業をわざととって、でも必死で勉強して満点を狙うみたいなことをしていました。なので、この時はまだまだバイトの方も片手間って感じですね。

 しかし、2年生の時は同じバイトでも職場内で一番上の立場に変わり、チームを動かすことや、生徒達に関わって彼らが思う方向へ導き後押ししてあげる、いわゆるコーチングの技術を「知識のインプットと実践によるアウトプット」を並行して行うことによって身につけていきました。
僕がいまでも後輩に割と頼られるのは、この能力を徹底的に鍛えたこの時期のお陰です。この頃にはつまらない大学の授業なんてどうでも良くなっていて、完全にバイトに熱中していましたね。なんか複数のことをいっぺんにやることが出来ない不器用な奴なんだと思います。

 2年間の東進でのアルバイトを引退した3年生の春。ここで僕は自分の世界の狭さに気づくことになります。バイトへの熱中が冷めて、周りの友達たちの話をよく聞く様になってくると、彼らがこれまでの大学2年間でやってきたことの世界の大きさに驚かせることが多々ありました。

 そこでやっと気づいたんですね、20才の僕。そこで、自分の世界を広げるために様々なことに手を出しました。特に常駐型コンサルでの1ヶ月間のトレーニング、輸入車ディーラーでの3ヶ月間のアルバイト、そして自分主催のTwitterで人を集める大規模なオフ会を毎月開催したことで、一気に世界と視野、そして一番大事にしている「人のつながり」が広がりました。

 日本の最高学府に入って、しかも3年目の20才にもなってやっとって感じですが、でも実は、そのグローバルで世界が広いイメージとは裏腹に、東京大学って非常に閉鎖的な大学なのです。研究者にとっては集中して学問を究める場としてはいいのかもしれませんが、ビジネスをやりたいと思う人にはそれほど向かない場だと思っています。

 だったら自分で外に出ていこうってことでいろいろやったんです。ほんとこの一年間は、それまで溜まってたものが一気に爆発していくような激動の日々だったので、「僕は20歳になってやっとこの世に生まれた」って表現をよく使います。

面白い表現ですね!「20歳になって生まれた」という表現についてもっと詳しく聞かせてください。

 カンブリア爆発みたいな、生態系が一気に生まれてくるみたいな意味で使っていて、それは世の中の広さを知り、自分の周りで生きている人たちの価値観を知り、その中で自分の価値観をいろんな人にぶつけて行くことで、自分がここに生きている価値を感じられるようになってきた、ということを表現しています。 
例えば東大卒のビジネスマンの価値観とディーラーの営業マンの価値観って全然違いますよね。これまで生きてきた環境や経験が違う人たちは、持っている価値観も当然違います。「普通の東大生」じゃあ一生向きあうことがないかもしれない刺激的で魅力的な人たちに会うことで、多様な価値観を知り、また僕はまだまだ微力過ぎましたが、お互いに提供し合えるものがあるんだと感じることができたんです。

 多様な価値観と触れ合う中で、多くの気づきもありました。いまの社会って、一部の価値観の狭い人たちが権力を握ってしまっていて、その人たちが残りの大多数の多種多様な市民に対する行動規範を作ろうとしています。学校の先生とかはいい例です。でもそれっておかしいと思うんです。多様な価値観を知らずして自分の価値観を押し付けていい根拠がないというか。つまりは、いわゆる上層部(この人達が偉いと言っているわけではない)の狭い価値観で大衆の価値観を計るのはおかしいと強く思いました。

 なので逆に、このまま暮らしていたら生涯関わることのないような人たちとたくさんコンタクトをとるようにしました。いまとなってはだいぶ落ち着いて大人になりましたが、1年前の僕は子供過ぎてみなさんにお見せすることはできません(笑)それだけ、この1年間のカンブリア爆発的な成長がやばいです。

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