2009.06.24

“他”の存在しない独自の経営

株式会社レバレッジ / 只石 昌幸

レバレッジ 只石-(2)

株式会社 レバレッジ 只石 昌幸

「弱みは最大の武器になりうる。」そうおっしゃっていたのは株式会社レバレッジ只石昌幸社長です。真っ赤なネクタイに、真っ赤な部屋。「こだわり社長」の愛称で知られ、セミナー等で絶大な人気を誇る只石社長もたくさんの辛い経験、挫折を経験したとおっしゃっていました。今回、その只石社長にご自身の経験を踏まえ、たくさんの熱いお話を伺ってきました。

「挫折と成功への誓い」

日本帰国後にシステム開発の業界に入られたのは理由があったんですか。

 学生時代は、「ナンパ」と「サーフィン」に明け暮れていました。とにかく、もてたいという思いからです。あとは、高校時代からやっていた「スノーボード」に打ち込んでいました。僕は、遊びから学べることってものすごくたくさんあると思ってます。たとえば、スノーボードの場合、雪を選択して滑るわけじゃないですか。これは、すなわち人生を選択して生きるということにつながると思います。究極のストレスって“遊び”にあると思っています。スノボでも、うまくなるまで度重なる練習だし、コケたらお尻痛いし・・・。でも、そんなストレスがあるからこそ、成長できる要素があるし頑張ろうって思えると思います。趣味も同じですね。つらいからこそ、趣味って打ち込めるし頑張ることができるのだと思います

起業する前のお話を聞かせてください。

 大学卒業後はキーエンスに入社しました。理由は簡単で、とにかく「お金」が欲しかったからです。キーエンスは、上場企業でもトップクラスの高給で知られた会社だったから、楽ができると思っていました。だから、入社が決まった瞬間に、モチベーションが下がり、研修のときにはすでにやる気は全くなかったし、頑張ろうという気持ちも起きませんでした。僕は、最初営業に配属されたんだけど、1年目から辞める3年目まで営業成績は最下位。成績上げようと思ったことは一度もありませんでした。必死に働いて給料をあげるという生き方に全く魅力を感じなかったし、周りに理想とする上司が全くいなかったですね。確かに給料はよかったけど、仕事のために生きてて疲れているという印象が強かったです。それで、最終的には会社を辞めることになりました。

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会社をお辞めになってからはどうされていたのですか?

 会社を辞めてからはもうサラリーマンには戻りたくないという気持ちが起きましたね。当時、貯金もそれなりにはあったから働かないで生きていこうと思っていました。ただ、そうはいってもお金は有限だから次第に貯金は減っていきました。そうして、とうとう貯金が底をついた時に、初めてお金の大切さを知りました。お金があると自由だなって初めて気づいたのはその時でしたね。そのころから、家賃を滞納するようになったり、借金とりから毎日電話がかかってきたりしました。そうした状況に対して自分は逃げるしかできなかった。そういう自分が悔しかったですね。将来は、絶対に成功してやろうという気持ちが湧いてきました。

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