2010.07.28

この世に存在していていいんだという確信が得られた

アチーブメント株式会社 / 青木仁志

achi-bu

アチーブメント株式会社 青木仁志

今回取材させて頂きましたのはアチーブメント株式会社、
アチーブメント出版株式会社、
代表取締役社長の青木仁志さんです。
 多くの学生から支持をされ、人気企業ランキングは常に上位、
日本を代表する人材コンサルティング会社を1から立ち上げた、
青木さんにお話を伺ってきました!

人生にとって一番大切なものとは? 記事を是非ご覧ください!!!

「この世に存在していていいんだという確信が得られた」

青木社長のこれまでの経緯を教えて下さい

 私の両親は私が三歳の時に離婚し、幼少期は父と義理の母に育てられました。義理の母との生活は苦難の連続で、本当に数えきれない程の辛い経験をしてきましたね。それと同時に、実の母に会いたいという気持ちが本当に強くなり、17歳の春に義母の元を飛び出し、故郷である北海道を離れ上京しました。若い頃は本当に猪突猛進でしたね。幼い頃から厳しい状況の下で生活をし、逃げるようにして北海道から家出をして単身上京したので、まさにコンプレックスの塊でした。
  人に嫌われたくない、痛みを受けたくない、そんな気持ちから人への感性が敏感になったのだと思います。母親を探しながらも八王子の鉄工所で溶接工の見習いとして勤めることになり、17歳の私のキャリアは履歴書のいらない世界からスタートしたんです。始めの頃は本当に自分に自信がありませんでし

ご自身に自信がなかったとは?

 例えるならば、海の底を漂う深海魚のような存在でしたね。本当に自分が嫌いだったんです。自分のことが好きになれず、今から考えれば本当にダメな人間だったと思います。ですが、溶接工として働き始め半年が過ぎた頃、いつも通りに働いていると一人の女性が訪ねてきたんです。それは私を探しにきた実の母でした。 私が一通だけ祖父に出した「探さないでくれ」というハガキの消印を頼りに、都下の鉄工所を片っ端から渡り歩いて、私を見つけ出してくれたのです。
  私の人生に、光が見えたのはこの時が最初だったかもしれません。それまでは、何のために生きているのか、何のために生まれてきたのか、これからどんな人生を生きていくのか、全く軸のない自分でした。でも、母親がわざわざ自分を探して訪ねてきてくれたときに、母親に愛されていると感じることが出来たんです。私は生きていていいんだ、この世に存在していていいんだという確信が得られたのでした。母親との再会を機に自分自身の人生に自信が生まれ、その後人生の師に出会い、その自信が深まっていったのだと思います。

人生の師との出会い

 その後、母親と一緒に喫茶店を始めました。その喫茶店を母と一緒にやっている頃、お箸を納入して下さっていた会社の社長に出会いました。その出会いが私の人生を変えましたね。社長はキャデラックに乗っていて、とてもかっこ良く、私は成功者のイメージを持ったんです。ここから私の10代の丁稚奉公時代が始まります。
  この社長のような人間になりたいと強く思い、どのようにすれば社長に認められるのかを考え、努力していきました。

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