2009.04.04

ピンチの裏に、チャンスあり

村田アソシエイツ株式会社 / 村田 裕之

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村田アソシエイツ株式会社 村田 裕之

団塊の世代やその上の世代をターゲットにして、多くの企業がビジネスに関心を寄せています。しかし、こうした世代は、多様性が強く、ひとくくりにして一般化することはできず、多くの工夫が必要だと村田アソシエイツ株式会社の村田裕之社長は言います。
今日は、アクティブシニア向け事業開発の第一人者でもある村田社長に話を聞いていきました。

「ピンチの裏に、チャンスあり」

村田社長は、そもそも何故シニアビジネスに焦点を絞ったビジネスに取り組んだのですか?

 最初は、業務上の理由でした。
 私が最初にシニアビジネスに関連する事業に携わったのは、株式会社日本総合研究所(日本総研)で、電通、東京電力、NTTなど25社とスマートシニアコンソーシアムを立ち上げたときでした。私は日本総研では異業種の企業を集め、コンソーシアム(共同事業体)を組織化して新事業を立ち上げる仕事をしていました。そこでは、環境ビジネスや省エネビジネスといった新規事業を数多く立ち上げました。
 今でこそ当たり前ですが、環境ビジネスなどは当時は、なんでゴミがビジネスになるんだ、くらいの認識しかされていませんでした。
最晩年に立ち上げたのが、スマートシニアコンソーシアムという、アクティブシニア向けの事業開発をテーマにしたものでした。アクティブシニアをテーマにした理由は2つありました。97年頃、日本で金融ビッグバンというのが起きました。
私はその時に、国民が金融機関に対してどれだけ不満を持っているかを調べました。すると、多くの人が老後の心配をしていることにふと気がついたんです。これが一つ目の理由です。その後、2000年の4月に介護保険制度が導入されることになり、例によってメディアが導入の半年ほど前から介護保険ビジネスについて頻繁に取り上げ、ちょっとしたブームになった訳です。
ところが、その時、政府も自治体も企業も介護ビジネスの方しか見ていませんでした。
 私は、実際に介護を必要としている人がどれほどいるのかを調べた結果、高齢者の8割以上はまだ介護が不要で元気である事実に気が付きました。これが2番目の理由です。この二つの理由から、スマートシニアコンソーシアムを立ち上げたのが、シニアビジネスに関わったキッカケでした。
その後このビジネスに関わっているうちに問題意識も深まっていきました。
 国連の予測によれば、2030年には、アフリカの一部の国などを除く世界のほとんどの国は高齢化社会になります。
高齢化社会というのは、高齢化率が7%を超えている社会のことを言います。ここで高齢化率とは、全人口に対する65歳以上の割合をいいます。そして高齢化率が14%を超えると高齢社会と呼ばれます。
 今の日本の高齢化率は、ほぼ22%なんです。これは世界一の数字です。
日本はすでに世界で最も高齢化が進んだ超高齢社会なんです。社会の高齢化が進むと多くの問題に直面します。しかし、これは日本だけが直面するのではなく、2030年までには、多くの国で直面する問題なのです。だから、日本が先陣を切って解決策を作り上げれば、世界が日本を見習うようになる。日本はシニアビジネスの面で世界に貢献できるわけです。これがシニアビジネスに焦点を絞った理由です。

高齢化が進むと、具体的にどんな問題が起こるのですか?年金問題くらいしかイメージできないのですが・・・。

 確かに、年金は一つの大きな課題です。さらに、介護保険制度も含む社会保障は大きな問題になっています。
年金問題で言えば、支給開始年齢がどんどん上がっています。20年後には、75歳にならないともらえないという事態も十分考えられます。年金の支給がどんどん遅れていくと、じゃあ仮に60歳で退職してから年金をもらうまでの、収入がない期間はどうすればいいか?その場合は収入が必要な人は75歳まで働かなければならなくなります。
 高齢者の就労の問題も年金問題に連動しているし、課題は数えればきりがないほど、山のようにあります。
しかし、課題が多いということは、逆にビジネスチャンスも多いということなんです。
 ピンチはチャンスだといいますから。若い人たちにはそういう発想で考えてほしいと思いますね。

フランスの国立大学院に留学なさっていたそうですが、なぜフランスに留学しようと思ったのですか?

 その質問はこれまでに何百回もされています(笑)結論から言えば、フランスにこだわりがあったわけではなく、行きたい学校がフランスにあっただけの話です。留学する前はフランスとは何の縁もありませんでした。
私は27歳の時に会社を辞めて自費留学したんですが、当時は猫も杓子もアメリカのビジネススクールにMBAを取りに行っていた。
 私はみんなが行きたがるところが嫌いなんです(笑)あまり人が行っていないところに行きたかった。
だから、自分はフランスでもいいじゃないかと(笑)ただ私は大学時代に取っていた第二外国語もドイツ語。フランス語なんてほとんど話すこともできなかったんですが、この学校の授業は英語で行われていたんです。英語ならある程度できたので実現したのです。

学校ありきでフランスを選んだというわけですね。なぜその学校に入りたいと思ったのですか?

 理由は2つあります。まずは授業が英語で行われていたということ。フランス語が解らない自分にとってこれは重要なことでした。
 そしてもう一つは、授業の一環で4カ月程、ヨーロッパの企業で、給料をもらいながらインターンシップができるということでした。私のような自費留学の貧乏学生にとって、『こんないい話があっていいのか、もう行くしかない』と思ってこのフランスの学校に留学しました。

同じような留学はアメリカの学校にはなかったのですか?

 当時はなかったですね。

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