2013.04.18

評論家になってはいけない。まずはやってみる。

有限会社アイ・コミュニケーション / 平野友朗

アイコミュニケーション

有限会社アイ・コミュニケーション 平野友朗

有限会社アイ・コミュニケーション 代表取締役
ビジネスメールマナー推進協議会 会長
ビジネス実践塾 主宰

1974年、北海道生まれ。筑波大学人間学類で認知心理学専攻。広告代理店勤務を経て、日本で唯一のメルマガ専門コンサルタントとして独立。得意とする分野は、ウェブマーケティングの戦略立案やメルマガ・ウェブサイトの改善。メールのコミュニケーション効率化や時間短縮などの業務改善。メディア戦略を含めたブランド構築や出版プロデュースなど多岐に渡る。日本初のビジネスメール教育事業を立ち上げ、開発した教育プログラムによってメールによる業務効率化やメールの処理時間削減を実現する個人や企業が続出。講座や研修を通じてビジネスメールスキルの標準化を目指し、全国にインストラクターを育成。通信教材やeラーニグの開発にも携わる。一人の起業家としての活動から法人化への道のり、事業の多角化で蓄積したビジネスノウハウを提供する通信教育事業「ビジネス実践塾」を主宰。音声教材とニュースレターで、起業家や経営者に必要なノウハウを毎月提供中。
著書は『お客様から選ばれるウェブ文章術』(日本実業出版社)、
『先輩起業家が教える走りながら考える仕事術!』(日本実業出版社)など合計19冊(翻訳本2冊を含む)がある。
アイ・コミュニケーション http://sc-p.jp/
ビジネス実践塾 http://www.jissenjyuku.jp/
ビジネスメールの教科書 http://business-mail.jp/
メルマガの教科書 http://m-magazine.jp/
ASP型メール配信システム「アイ・メール」 http://imail-system.com/

 

「日本で唯一のメルマガの専門家」

平野さんの学生時代について教えて下さい。

  私は、筑波大学に入学し、心理学を専攻しました。高校時代は、数学の先生を目指して いて、数学をやっていたのですが、自分の中で数学の先生は違うと感じたんです。そこで 数学を使える仕事を探していた時、心理学を見つけました。大学時代は、勉強熱心でな く、アルバイトに力を入れていました。居酒屋でアルバイトをしていて、基本的な接客の スキルを身につけました。学部の特性なのか、ボランティア活動などをする学生が多か ったです。私も、手話サークルに入ったり、精神障害を持った方の支援などのボランテ ィアをして、授業には単位が最低限とれるレベルで出席していました。活動としては、バ イトとボランティアが生活の大半を占めていました。

 

学生の時から、ビジネスについては何か勉強をされていたのでしょうか?

 私自身、ビジネスには関心はありませんでした。ビジネスとは繋がってはいないのですが、大学中に自分の考えを変えた出来事があります。私が大学4年の時、55歳で父が亡 くなったんです。そこで、父の一生と私の将来を照らし合わせて考えるようになりまし た。記憶に残っているのは「生涯の獲得賃金」についての思考です。当時はお金を稼ぐこ とが目に見えたわかりやすいゴールだと思っていました。そのため、生涯の獲得賃金を意 識するようになりました。私たちの人生において、スタート地点は同じで、定年が同じな ら仕事は早く始めた方が良いのかなと思ったんですね。例えば、夏休みの宿題も早くやる 人もいれば、遅くやる人もいます。私は、早くやって楽をしたい派なので、社会にでても その方がうまくいくと思ったんです。就職活動も漠然としていましたが、せっかく心理学 を勉強したなら、形に残るものを残したかったので、会社に勤めたら何かやりたいことが 見えるのかなと思い、求人広告の会社に入社しました。そこから5年間半して退社をしま した。

やはり大学を卒業してすぐに起業をするよりは、まずは就職をした方がいいのでしょう か?

  一般の会社の就業経験は、あった方が良いです。理不尽なことを言われたり、思い通り にならないことがありますよね。今日は早く帰りたいから、自分の仕事を早く終わらせ、 いざ帰ろうとすると「帰るなら、これやって!」と頼まれることがあるでしょう。その時 に、人は考えが変わり、仕事を押し付けられないためには、どうしたらよいかと考えま す。そうすると、自分の仕事の密度を薄めダラダラ仕事をするようになります。悪い意味 での逆算思考です。そういった、世の中の方が感じる「感覚的なもの」は就業経験があ ったほうが身につくと思います。社会経験のベースがあることで、常識があると思われた り、お客さんからお仕事を頂けたり。当時の経験があるからこそ、コンサルティングもで きますし、今こうして取材で語ることができるのだと思います。

 

起業に至るまでのステップを詳しく教えて下さい。

 もし自分が会社を辞めたら、周りに迷惑をかけると考えていたのですが、意外にスム ーズに退職できたんです。26歳で会社を辞めて、27歳で起業をしました。起業した時の 肩書きは「WEBコンサルタント」だったんです。メルマガも書き、サイトも作り、広告 の管理もやる。とにかく幅広くやっている方が仕事がとれると勘違いしたんです。しか し途中でメルマガのことばかり聞かれるようになったので「メルマガコンサルタント」 と名乗るようになりました。それ以来メルマガの仕事が殺到し、「日本で唯一のメルマ ガの専門家」とまで呼ばれるようになりました。 もともと会社に勤めながら趣味でメルマガを書いていました。当時は、顧客のリスト があるといつでも商売ができる。とにかく起業前に、読者を増やせば成功するのではな いかと考えていました。 メルマガを出している人をずっと観察していると、広告がいっぱい入ってくることに 気づきました。広告はどうやったら収益が出来るんだろうと考え、その仕組みを分析 しました。そこでわかったことは、読者数が多いんです。収益性を上げようと思った ら、配信回数を多くしてもよいわけです。しかし、配信回数は、自分に負担がかかり過 ぎるから増やせません。また、広告にも相場があるので単価を上げることは難しいでし ょう。つまり、読者の数を増やすしかないんですね。そうすると、同じ手間で最高のリ ターンが得られることが分かったんです。読者の増やし方を研究したら、1000人単位で 増えていきました。その過程を、直接会って説明したりすると、すごく感謝されます。 広告代理店に勤めていたときは、お客さんに強引に営業しなければいけなかったんで す。でも、自分が知っていることを教えるだけで、感謝される不思議な感覚を味わえま した。それが、今ここに繋がっているのだと思います。

 

起業すると収入は落ちると思いますが、その中で将来これくらいの収益がほしいとなると 今までより、急速に稼いでいかないと厳しいのではないでしょうか?

 もし上手くいかなかったら、また再就職すれば良いって思っていました。元々いた会社 が求人広告の会社だったので、何歳までは再就職しやすいとか、お客さんからこういう人がほしいと相談はされていました。そのため、市場ニーズのある人間がどういう人物像か ある程度わかっていました。当時は27歳だったので、会社を辞めても就職できるだろうと ポジティブに考えていました。1年、2年で失敗しても、また戻ってくれば良いと思ってい ましたね。だからこそ、崖っぷちではなく、いろいろとチャレンジできると信じていました。

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