2013.07.08

前向きに明るく、逃げず、知ったかぶりせず

アブラハム・グループ・ホールディングス株式会社 / 高岡壮一郎

アブラハム

アブラハム・グループ・ホールディングス株式会社 高岡壮一郎

1974年生まれ。東京大学卒業後、三井物産株式会社を経て、 アブラハム・グループを起業。
日本最大の富裕層向けプライベートクラブ YUCASEE(ゆかし)および、海外投資助言実績額で日本一の
投資助言会社アブラハム・プライベートバンク株式会社 (金融商品取引業者(投資助言・代理業)
関東財務局長(金商)532号)を経営。

 

「知恵の総合商社」というコンセプトでアブラハムを創業


学生の頃は、どのようなことをされていましたか。

  学生の頃は、イギリスに語学留学をしていました。インド、インドネシア、タイ等でバックパッカーをしていました。メキシコにも行きましたよ。イギリスには、英語の勉強とロックの本場に行くことが目的でした。いろんな国に行く中で、国を良くする仕事がしたいなと思いました。国を良くする仕事といったら、政治家が良いなと思ったんです。先輩に、政治家になる方法を聞いたら、官僚になるか新聞記者になるかだと言われました。大学の先輩で、新聞記者をしている人に聞いたら、「評論家では、世の中は変えられないよ」って言われました。何を書いても変えられなくて、行動する人間が変えられるって、新聞社の幹部が言ったんですよ(苦笑)
 次は、官僚の人に話を聞いたら、「発展途上国は官僚が国を仕切っているけど、先進国は官僚の力が弱くなっていく
から、もう時代じゃないよ」って言われました。それなら、民間企業に行こうと思いました。その中で、国作りに貢献してきたのが財閥系企業であると本で読んで、財閥系の中心の商社に行こうと思い、入りました。 


日本を良くするという視点で、考えられた時、何故商社を選ばれたのでしょうか。

 歴史的に財閥の中心は、銀行と商社でした。そのどちらかを考えた時に、ドメスティックな規制に守られた銀行業ではなく、ボーダレスな商社の方が挑戦できると思ったからです。 


商社で働いている時に、起業されようと思われたのですか。

 学生のころは、伝統がある大きい会社じゃないと社会にインパクトのあるビジネスはできないと思っていましたが、実はそうではないことを働き出して知りました。それにこれからの時代は、企業規模よりも、アイデアや知識の時代だということも知ることができましたよ。もちろん、三井物産にいる中で、大企業の強みも理解することができました。ですが、これからの新しい時代は、それが弱みになる状況も見えてきたんです。そこで新しい時代の総合商社を目指し「知恵の総合商社」というコンセプトでアブラハムを創業しました。今は、ユーザーのエージェントの企業が伸びる時代です。アマゾンとかアップルとか個人の意思決定をサポートする会社だけが伸びていますよね。だから、個人に軸足を置いた会社を作ろうと思ったんです。創業時の小さな企業規模でも、社会にインパクトを与えられると思い、富裕層をターゲットにしました。人口の1%の富裕層が世の中の20%のお金を持っています。富裕層の消費や投資が活性化すれば、世の中全体が活性化するからです。
 そこで、「ゆかし」というサービスを作ることにしました。会員資産は、1兆円になっています。日本一富裕層の情報が集まるメディアになりました。この仕事をしていく中で、富裕層のニーズを知ることができました。そこで分かったのが、富裕層は、金融商品の情報を知りたがっているということでした。銀行や証券の人が、セールスに行っても、富裕層が損をするような商品しか売っていなかったんです。そこで、富裕層が欲しい商品を世界中から探すアブラハム・プライベートバンクという投資助言サービスを作りました。これは5年間で、五百億円の契約までに急成長し、海外投資の分野では実績日本一になりました。

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