2012.10.07

何事も遅過ぎるという事はないと思います。いくつになっても探し続ければ良い

合同会社つくる社 / 石原淳也

石原淳也

合同会社つくる社  石原淳也

  東京大学工学部機械情報工学科卒業。 2000年より四年間 Genesys Telecommunications Laboratories Inc.(アメリカ、サンフランシスコ)にてソフトウェアの国際化エンジニアを務め、帰国後ウノウ株式会社に入社、その後フリーランスの活動を開始。2010年6月 つくる社を設立。現在は、Web アプリや iPhone アプリなどを開発、小中学生にプログラミングを教える CoderDojo Tokyo という活動も続けている。

 

何事も遅過ぎるという事はないと思います

現在の主な活動内容を教えて頂けますか?

 「つくる社」という会社で活動しています。会社と言っても一人会社で、プロジェクトごとに他のプログラマーやデザイナーと一緒に協力して働きます。Web、iPhone、Androidのアプリケーションなどをつくっていて、メインは受託の仕事です。フリーランスを経て2010年に会社を登記したのですが、今はまだ起業家というよりはフリーランスで個人事業をやっている感覚が強いです。
 他には、CoderDojo(コーダー道場)という小中学生にプログラミングを教えるためのコミュニティーを運営しています。2012年の5月から下北沢オープンソースカフェというコワーキングスペースでやっておりまして、スクラッチという教育用のプログラミング言語を自分の子供に教えていたのがきっかけです。CoderDojoは元々アイルランドの活動なんです。それを日本でやったら面白いなと思い、始めました。ビジネス目的というよりは、企業がおこなう社会活動を一人会社でもやったらいいんじゃないか、そんな感じで活動しています。
 子供たちにプログラミングの知識を伝えたい。こういう想いで続けています。

 

石原さんは、やりたいと思うことを直ぐに見つけることができましたか?

 学生時代、正直言って自分が何をやりたいかはわかりませんでした。その後社会人になっても、それぞれの仕事をやっていく中で面白みは感じてはいましたが、これが自分がやりたかったことだ、とは自信を持っては言えなかったと思います。実際、33歳になってからプログラマーになったので。大学を卒業してから直ぐにプログラマーになっていればもっと違っていたかなとは思うのですが、それぞれの仕事で学んだ事は数多く、それが今の自分につながっているのは間違いありません。
 何事も遅過ぎるという事はないと思います。33歳とか34歳でのアクションは決して遅いとは思いません。いくつになっても探し続ければ良いと思います。プログラマーは35歳で定年と言われたりしますが僕は全然そうは思っていません。

 

学生時代に戻ったらこうしたいということはありますか?

  今の学生のようにベンチャー企業でアルバイトやインターンシップをやっていれば良かったかなとは思いますが、でも後悔はしていません。今大学に行けるならいろいろ勉強したいとは思いますが、それは社会人になっていろいろと経験した後に思えることで、もしタイムマシンで大学に戻ったとしても当時の私にそれを薦めるかはわかりませんね。大学時代に勉強よりも部活に費やした時間が多かったことを含め、今までの経験があるからこそ今の自分があると思うので、こうしておけば良かったという感情はあまりないですね。

アメリカの会社にいたときには、自分の意見が通りやすいような環境でしたか?

  違いはすごくありました。日本にいたときは正直、主張するということに遠慮しがちでした。しかし、アメリカの会社にいた時は3割増しぐらいアグレッシブになっていたと思います。遠慮していると下手したら生きていけないような環境だったので。(笑)アメリカは個人の主張というものを強く求めます。そうしないと何も進まないんですよね。やはり、そこで鍛えられた感覚はあります。それに慣れて、日本に帰ってきたときには普段よりも主張するようになったかもしれないですね。アメリカに行った事は本当に自分の中で大きな転機でした。

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