2015.06.29

「諦めること」を諦める

株式会社リッチメディア 代表取締役 / 坂本幸蔵

坂本幸蔵さま写真1

株式会社リッチメディア代表取締役 / 坂本幸蔵 (さかもと・こうぞう)

1982年生まれ。摂南大学卒業後、2006年4月、サイバーエージェントに入社。ネット広告の販売で売上月間1億円を突破するなどの実績を残し、同社史上初の新人賞を上期・下期と連続制覇。その新人離れした実績を評価され、入社2年目には子会社CAテクノロジーの役員(当時グループ史上最年少)に抜擢され同社の立ち上げに参画し、サイバーエージェントグループの中核企業、SEOのトップ企業に成長させる。2010年6月に独立しリッチメディアを起業。「ヘルスケア大学」「スキンケア大学」「KamiMado」「HAIR」といったヘルスケア・ビューティー領域を主軸にしたメディアサービスを展開し、月刊『ベンチャー通信』主催の「ベストベンチャー100」に選ばれるなど、急成長中のベンチャーとして注目を集める。

 

リッチメディアコーポレートサイトCEOブログ : http://www.rich.co.jp/blog/ceo


▼主要運営メディア
・スキンケア大学  :http://www.skincare-univ.com
・ヘルスケア大学  :http://www.skincare-univ.com/healthcare
・HAIR          :https://hair.cm


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【「人間、できないことは何も無い」ということを伝えたい】

学生時代に熱中していたことはありますか?

 大学生の時は、バーテンダ―のアルバイトとブレイクダンスに熱中していました。アルバイトでは、バーチーフとして、18時から朝まで200席のレストランバーのドリンクを回していました。原価のコントロールをしたり、メニューを作ったりするなど、いち早く社会の中でマネジメントのようなことに携わりました。
 ブレイクダンスにしてもバーテンダ―にしても、「チームで何かやること」が非常に楽しかったのを覚えています。仲間と一緒に何かを作ることは、私にとっては大きな喜びなのです。

「学生の頃から起業志向があった」という話を伺いました。

 はい。大学生の時から起業することは決めていました。これには、私の母の影響があります。私の家庭は、父親がいなくなってから貧乏な暮らしを強いられていました。生活は非常に苦しく、ご飯をろくに食べられない日々が続き、「なんで自分だけこんな目にあわなければいけないのか」「なんでこんなに惨めなのか」と考えることもありました。
 そんな中、母は家族のために生命保険会社で働き始めました。そして努力の末、2年後にはその部署で輝かしい成績を収める事ができました。母のおかげで、家庭の生活も安定するようになりました。そしてある日、母は出勤する時にこう言ったのです。「人間、できないことは何も無いでしょ。」私は、そんな彼女のパワフルさに衝撃を受けました。それと同時に、何でも人のせいにして生きてきた自分を心底「情けない」と感じました。以来、母の「できないことは何も無い」という考えを大事にして生きています。そして、その時に人はこういったきっかけ1つで変われるものなんだと思いました。
 それを、「もっとたくさんの人に、『できないことは何も無い』ということを伝える。そして体現する。」そう思い、起業を決心したのです。

卒業後、サイバーエージェントに入社した理由を教えてください。 

 理由は2つあります。1つは、サイバーエージェントの「21世紀を代表する会社を創る」というビジョンに強く共感したからです。そしてもう1つは、そこで働いている「人」に非常に魅力を感じたからです。当時のサイバーエージェントはまだ「Ameba」も立ち上げたばかりで利益も出ておらず、今ほどサイバーエージェントも有名ではありませんでした。ですが、サイバーエージェントで働いている人を見たとき、「この人たちには勝てない」と心底思いました。彼らの考え方や雰囲気が非常に魅力的だったのです。それが私にとってはとても悔しくて、「彼らのようになりたい」と思い、入社を決めました。
 私はサイバーエージェントに4年間務めてから起業をしたのですが、そこで働いていた時は起業のために打算的に動くということは全くありませんでした。「21世紀を代表する会社を創る」という理念を実現させるため、ただひたすら働いていましたね。余計なことを考えている暇なんてありませんでした。

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