2015.07.03

人を巻き込む力

株式会社エストコーポレーション 代表取締役 / 清水史浩

エストコーポレーション清水さま1

株式会社エストコーポレーション 代表取締役 / 清水史浩(しみず・ふみひろ)

1984年、岡山県生まれ。
幼少期より父親の「どんな分野でも良いから自分の選んだ道でてっぺんを取れ」という教えを受け、世界で活躍する経営者を志す。
2007年に神戸商科大学を卒業後、22歳で医療・介護ITベンチャー株式会社エストコーポレーションを設立。代表取締役に就任する。
3年間売り上げゼロ、設立翌年には5,000万円の負債を抱えるどん底時代を経て業界初となる医療情報電子化サービスの事業化に成功。
現在までに全国11,000医療機関、400自治体との契約実績を持つ。
現在は日本初の医療機関予約サイト「エストドック」 http://estdoc.jp/)や
“今すぐ行ける”内科の検索・受付アプリ「ソクミテ」http://www.sokumite.com/)など、気軽に病院に行ける社会づくりに力を注ぐ。
趣味は読書で、経営本を2,000冊読破。好きな言葉はマイケル・ジョーダンの「運命よそこをどけ、俺が通る」。

 

エストコーポレーション コーポレートサイト : http://est-corporation.jp/

 

 

【お金になるかどうかより、「経験になるかどうか」】

清水さんは、どんな学生時代を過ごしてきましたか?

 私は、小学生の頃から「社長になりたい」と思っていました。もともとビジネスに対する関心が高く、中学生から高校生にかけて「ビジネスノート」を作り、「こんなサービスがあったら面白いな」と思うものを書き貯めてきました。
   大学生の時は、「卒業したらすぐに会社を起こそう」と思っていたので、開業資金をためるために週7でアルバイトをしました。また、ビジネスの知識をつける為にデイトレードをやり、『会社四季報』を見ながら、財務諸表の見方や、どんな会社の業績がいいかを勉強していましたね。
 それと同時期に「どの業界で会社を起こすか」を考えていたのですが、良いと思ったのが医療業界でした。経済が悪くても医療マーケットは安定しているし、業績が1000億円以上の会社が多い。参入障壁が高く、スタートアップが入るのは難しいのですが、一度入ればその先の成長は早いのです。「チャレンジしがいがあるな」と思いました。そして、大学卒業と同時に、会社の核となる「医療情報の電子化」というサービスを立ち上げたのです。
 その他には、ストリートダンスもやっていました。当時は、バイトとダンスと勉強で本当に忙しかったですね。夜中の2時までバイトリーダーとして働いたあと、朝の6時までストリートダンスをし、家に帰るとデイトレード。睡眠時間は2、3時間しか無かったと思います。

お父様の闘病生活がきっかけで、医療に興味を持ったと伺いました。

 父親の影響は大きいですね。私の父親は、いつも私に「男として生まれたからには、板前でもスポーツ選手でもいいから、一番を目指せ!」と言うような、熱い男でした。その影響を受けて、私も常に「一番」を意識して生きてきました。
 そんな父親が癌にかかり、余命半年の宣告を受けたのですが、アメリカから輸入した薬で3年生き延びたのです。その時、「日本は最先端の医療と言われているけど、まだ可能性はあるのだ」と思いました。それ以来、自分の「ビジネスノート」にも医療についてのアイディアが多くなりましたね。

バイトリーダーをされていたとのことですが、人をまとめるのが元々得意だったのですか?

 リーダー気質があるという意識はありませんでした。しかし、根がすごく真面目なので、みんなに「掃除をしよう」「料理の練習しよう」と、積極的に呼びかけていました。それが人をまとめることにつながったのかもしれません。
 一度、バイト先の店がつぶれかけた時があったのですが、その時私は「給料はいらないので、お店の立て直しを手伝います」と申し出ました。周りのバイトや社員が辞める中、店長、私、オーナーが残り、3人で立て直しをしました。私にとってはお金がもらえるかどうかよりも、「経験になるかどうか」が重要だったのです。

「STEP2へ進む」次ページへ続く≫