2013.05.01

乗り越えて、達成した時が、楽しい

株式会社enish / 公文善之

enish

株式会社enish 公文善之

株式会社enish 取締役 1974年、高知県生まれ 青山学院大学大学院在学中にフリーのWebエンジニアとして活動をスタート、 卒業後はITベンチャーの立ち上げに取締役として参画。 ヤフー株式会社への合併を機に同社の社員となり、数々の新規事業を手掛ける。 その後「ワクワクする会社を作りたい」という思いで独立、 2009年に株式会社Synphonie(現enish)を設立し、 2012年12月には東証マザーズへの上場を実現する。 プライベートでは一児の父として子育てに没頭中。

 

とにかく何でも作ってみたい

学生の頃は、どのようなことをされていたでしょうか?

  学生の頃は、バンドをしていました。音楽の中でもジャズが好きで、インプロビネーションをしていたんですよ。いわゆるアドリブで、その場の音楽の流れで、自分でフレーズを作っていくことに、興味を持っていました。その音楽の流れがあって、どんな音、どんな表現があり得るのか、自分が学んだことを、その瞬間に音にしていくことが楽しかったですね。 そんな学生生活を送る中、同時にインターネットとの出会いがありました。中学生の頃から、プログラムを書いていたこともあって、久しぶりにパソコンは面白いなと思いました。大学の先生と話しながら、学生が便利に使えるような学内のwebシステムを作ったりしていましたね。 


その時から、起業したいと思っていましたか?

  ビジネスというもの自体なんだかよく分かっていなかったので、全く興味が無かったです。音楽もそうですけど、とにかく何でも作ってみたいという思いが強くて物作りに没頭していたのですが、それがお金になるっていうイメージは、全く持っていなかったですね。コンピューターは面白い、インターネットは面白いと思い、それを使って自分で物を作ることにただただ貪欲、起業とは程遠い生活を送っていました。  

ビジネスは、いつから意識されたのでしょうか?

  大学院生の頃ですね。元々、大学院に進むことは考えていなかったので、進学することを両親に伝えた時には「これ以上仕送りはできないよ」と言われました。それが大学4年生の2月の話。まあ当然ですよね(笑)。やむを得ず学費は自分で稼ぎました。 そんなこんなで院生の傍ら、フリーランスのプログラマーとして活動する生活が始まりました。仕事をする中で徐々に、単なる物作りだけじゃない面白い何かに気付き始めたんです。「インターネットはビジネスになるぞ!」と。これがビジネスを意識した瞬間でしょうね。 そして卒業する頃、院生時代に知り合った人に、一緒に仕事しないかと誘われたんです。当時アメリカで立ち上がったサービスがあり、これを日本で立ち上げられないかという話になったんですよ。アイデアを練っていたところ、他にも賛同する人、いくつかのベンチャー企業が集まって、最終的にはジョイント・ベンチャーという形で起業をすることに。私は、役員の一人で、エンジニアとして働いていました。 実際に作ったサービスは、半年で十数万人もの会員獲得に成功しました。ダイヤルアップの時代だったので、今で言えば数百万人クラス。これって結構すごいことだと思いません?ビジネスが広がっていく可能性を感じましたね。



 

その後、会社をどう経営されたのでしょうか?

  一年間自分たちで経営してみたその後に、ヤフーさんの傘下に入りました。 というのも当時、事業を立ち上げたまでは良かったのですが、会社の全員がインターネットのマネタイズのことを深くは考えていなかったんです。便利なサービスがあったら良いよねという考えで作ったのですが、いくらサービスが素晴らしいものであっても、それだけで実際にお金を生み出すようにすることは難しかったかもしれません。 この先、会社をどういう方向へ持っていこうかという話になった時に、収益化の仕組み作りが必要だということに。同時に、自分達の力だけで事業を大きくするには、さまざまな面で難しさを感じるようになり、パートナーとなってもらえる企業を探し始めました。 そんな中で「せっかくなら、会社ごと一緒にやらないか?」と声をかけていただいたのがヤフーさんだったんですね。当時のヤフーさんは250人程度の今よりずっと規模が小さいベンチャー企業だったのですが、伸び盛りで勢いのある環境。自分達がやりたいことができそうだと感じました。思いもよらないご提案に、しばらくの間は毎晩、みんなでどうするべきか議論を重ね、最終的には「ヤフー傘下でやってみよう」という結論に至りました。

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