2009.08.14

恩返ししたい

シンプルプランニング / 菊池 敦子

菊池-敦子

シンプルプランニング 菊池 敦子

「今は実際にお会いした方、お客様から紹介して頂いた方など、人と人との繋がりからお仕事を頂けています。近年のインターネットビジネス流行りの傾向には反していますが、HPやメルマガ、ツイッターなどのネットを活用した集客ではなく、昔からある口コミで広がっているのが現状です。」そう語るのはシンプルプランニング:代表の菊池敦子さんです。
「書類整理であるファイリングは全ての企業や個人に必要なこと。しっかりとしたファイリングをすることで、書類探しにかかっている無駄な時間を減らし、もっと大切な本来のお仕事やプライベートに力を注げる環境を作って欲しいと思います。」と菊池さんは言います。そんな菊池さんに、学生時代のお話と今後の展望をお聞きしました。

「起業とは無縁の生活」

菊池さんの学生時代のお話をお聞かせ下さい。

 学生時代は起業なんて事全く考えておらず、単純に学校生活を楽しんでいました。
当時もすでに高卒からすぐに就職する人は少なくなってきている時代ではありましたが、大学進学といっても女性はまだほとんどが短大、同期の中で1割くらいの人が高卒で就職組みという状況で、私もその中の一人でした。当時私の高校では企業からの募集は多く、40人位の就職希望者に対し数百社から募集が来ていたと聞いています。
その中からさらに学校側が実績のある企業(毎年先輩が就職していて企業側の状況がわかる企業)を絞り込み、顧問の先生と相談しながら応募先企業を決めるという体制でした。今の就職難が続く時代の学生さんたちには申し訳ないような、まだ学校推薦でほとんどが就職ができた時代でした。

 私の父は大正生まれで、海軍で第二次世界大戦を経験している人でしたので、女の子がアルバイトなんてとんでもないという考えの持ち主で、当然のようにさせてもらえませんでした。私が生まれたのが遅かったということもあり、同級生たちのご両親とは平均年齢が10歳以上も離れていたので、時代感覚が全く違ったんです。学生時代を振り返ると、部活では茶道部に在籍していました。
入部の動機は、“親から部費の名目でお金をもらいながら、お菓子が食べられる!”という不純なモノでしたが(笑)、茶道は「道」という字が含まれるように、柔道や剣道の様に、もともとは武士のたしなみであったことから、日本の伝統文化を学べたいい機会だったと思います。

今、学生時代を振り返ってその時代にやっておきたかったことはありますか?

 父親は厳しく、怒ると手を挙げる人だったので、門限などもあり自由に自分のやりたいことができませんでした。
怖かったこともあり、「怒られるくらいなら何もしないでおこう」と諦めて、親に反抗しないいい子ぶった生活していましたね。ですから、今から思うと、親に反抗してでも、もっと自分の興味あることに色々と挑戦しておけば良かったかなとは思います。

学校卒業後のお話をお聞かせください。

 高校卒業後は電力会社に入社し、そこで11年勤めました。
 最初は営業部に配属されたのですが、当時はまだ電気料金を窓口に直接払い込みにいらっしゃるお客様も結構いらっしゃって、その入金処理や、引っ越しの申し込み、契約変更の受付などが中心でした。イメージ的には銀行のカウンター事務のようなお仕事です。 そのほかには時々インバウンドの電話のお仕事もありました。
 その後、総務課に異動になり、電気税や電源開発税、企業の秘書的業務(といってもお客様へのお茶出しや書類の整理がメインでしたが)などの仕事を経験させていただきました。退職後は服飾関係の会社に転職し、青山のベルコモンズですとか、有楽町阪急などの店舗で7年程勤めました。その時も雇われ店長ではありましたが、まだ景気が良い時代でしたからやりがいがありました。でもそれも、ずっと上手くは行きませんでした。
バブルがはじけると、一回のお買い物に100万円近くの予算でいらしてくださっていたようなお得意様の会社は軒並みあおりを受け、うちの店の売り上げも下落の一途となりました。少しでも売り上げを上げようと、無理なフル勤務を数週間も続けたり、自分が休みの日にたまたまお得意様がいらっしゃるという連絡が入れば、休み返上で店に出勤したり・・・こんな事を続けていたら、自分の体が参ってしまうと思うようになりました。

 ちょうどその頃、家庭の事情もあって、事務職に戻ろうと決心したんです。 決心して退職したのは良いのですが、イザ就職雑誌を見てみると、windows95が出始めた頃で、事務職に転職するにはこのパソコンが出来ないと応募することさえできないという現実を知りました。
私が電力会社に勤務していた頃は、まだパソコンなんていうものは会社には一台もなく、あったとしてもホストコンピュータという大型コンピュータだけで、特別な人しか関与していませんでしたから、とにかく今まではパソコンとは全く無縁の人生でした。 ですから、そりゃぁ焦りましたよ!“ケイコとマナブ“という習い事を紹介する雑誌を見て、二つのパソコン学校を掛け持ちで通いました。お陰様で、タイピングはブラインドタッチができるようになり、パソコンソフトもword、excel、powerpoint、accessの基礎をなんとか習得することができました。
しかし、あまりにも事務系の仕事から遠ざかっており、時代も変わっていましたので、今の状況で会社案内を見てもどこの会社が良いのかがわからない。そこで、どの会社が一番自分に合っているのかを見極めるために、私は未経験ではあったものの、人材紹介会社に応募しました。人材紹介会社なら、企業の採用の最先端である人事部門から色々な情報が入り、企業体質や現状、募集や採用の状況がわかると思ったんです。
そして、その中で良いところがあればそこに転職してしまおうと(笑)。 またまた不純な動機でした。 それでも幸いなことに、入社後数ヵ月して、ある企業の人事の方からお誘いを頂き、大手IT企業の関連会社に転職することができましました。 私の場合、11年、7年、8年と一つの企業にある程度長く携われた他、繋ぎで色々なお仕事もしましたので、一つの業種や職種に偏ることなく、幅広い経験させていただけたことはラッキーだったと思っています。

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