2009.08.15

チャレンジこそが起業の強み

株式会社イースリー / 小野寺 徹也

小野寺-徹也

株式会社イースリー 小野寺 徹也

 「小学校時代にキャプテン翼に憧れてサッカーをし始めました。それからの人生サッカー漬けの生活を送ってきましたので、サッカーを通じて色々な事を学び、サッカーに育てられました。」そう語るのは、株式会社イースリー、代表取締役CEOの小野寺徹也さんです。
「自分自身はずっとプレイヤーとしてサッカーに触れてきました。今後の事業もプレイヤーとしてサッカーに触れていただき、プレイヤーに対したサービスを提 供したいと思っています。」と小野寺さんは言います。そんな小野寺さんに学生時代のお話と今後の展望をお聞きしました。

「サッカーに育てられた」

小野寺さんの学生時代のお話をお聞かせください。

  僕は大学時代に日体大のサッカー部に所属していました。基本的には毎日部活ばかりの生活でしたので、学生時代はサッカーしているか遊んでいるかでしたね(笑)。
日体大はフィジカル系のサッカーをするので練習はとても大変でした。部員は毎年100人位入りますが、最終的には20〜30人程度に減ってしまいます。 チームの階層もAチーム、BチームはB1、B2、Cはチーム、C2、C3と、相当な数に分かれていましたよ。僕がそもそもサッカーを始めた理由は小学校低 学年時代に始まったキャプテン翼の影響です。小学校時代はキャプテン翼に影響され、キャプテン翼の真似などをよくしていました。
実際にサッカーを始めたのは小学校4年生の時で、それからはサッカー漬けの人生です。それくらいサッカーが好きですし、毎日の辛い練習や上下関係、チームワークなど、サッカーを通じて人間として大きく育ててもらったと思います。

大学卒業後の経緯を教えて下さい。

  卒業後は不動産会社に入り1年間マンションの販売の営業の仕事をしていました。
その年に上場した会社で新卒第一期生として入社しましたね。就職の際にもやりたい事が何もなくて、とりあえず高い物でも売ってみようかなと思いこの仕事を 選びました(笑)。高い物を営業で売れれば何でも売れるかなと思っていました。その仕事はすごく大変で、毎晩7時〜9時まで、腕に電話のコードを巻いて上 司の前で営業の電話をしていました。
モデルルームに来たお客さんは基本的には先輩達の担当ですので、既存のお客さんを掘り起こすことをしていました。月に2回程度しか休みがなく、サッカーも 全然できない状態でしたので、非常にストレスが溜まっていたことや自分が本当にやりたい事に迷っていた等の色々なタイミングが重なって会社を退職しまし た。
 その後は半年間、アルバイトでイベントの製作会社で働いていました。その時は上司が素晴らしい方で、「一生経っても追いつけないな」と思いやめました (笑)。その上司はイベント全体の統率力や視野の広さ、知識の幅がすごかったんです。何せ僕はサッカーしかやってきていないので、これは追いつけないと思 いましたね。
 その後は今の前職になるWebの製作やシステム開発、IT系の人材派遣をする会社に入社しました。それが23歳の時です。インターネットに出逢ったのが その時でしたので非常に面白いツールという事と、営業を通じて色々な企業が見られるというで、この会社を選択しました。

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