2012.02.13

本を読まない人はお気の毒ですね

上智大学名誉教授 / 渡部昇一 株式会社T.E.G(トウキョウ・アンサンブル・ギルド) / 渡部玄一

渡部昇一

上智大学名誉教授 渡部昇一 株式会社T.E.G(トウキョウ・アンサンブル・ギルド) 渡部玄一

今回は上智大学名誉教授 渡部昇一氏(写真左)と 株式会社T.E.G(トウキョウ・アンサンブル・ギルド) 渡部玄一氏(写真右)のダブルインタビューです。
昇一氏は、大島淳一のペンネームでジョセフ・マーフィーの成功法則を日本に紹介した方。
日本における「成功哲学の祖」と言っても過言ではありません。
また、「マーフィーの成功法則」や「知的生活の方法」をはじめ、著書、訳書多数。
2010年には神田昌典氏(インタビュー記事)との共著「日本人の成功法則」も出版されています。

玄一氏は昇一氏の息子さんです。チェリストとして活動する中で、 音楽の世界における課題を感じ、
2008年に株式会社T.E.G(トウキョウ・アンサンブル・ギルド)を設立されます。
現在も経営者、そしてチェリストとして活躍されています。
→ファーストアルバムCD『It’s Peaceful Here ここは良きところ

 

 

「解体新書を通して考えたこと」

 

昇一氏、玄一氏の現在の主な活動についてお聞かせください。

 

昇一氏  主な活動は著述です。私は現在はもう公的な職務はありません。プライベートな研究、准教授や教師を相手に勉強会もしばしばやっています。

玄一氏  僕は音楽家としての活動と、演奏会など音楽関係のプロデュース活動です。

現在の活動のビジョンについてお聞かせください。

 

昇一氏  私はだいたい40年言論活動を行なっていますが、ずっと同じ想いで継続しています。言論というのは漢方薬のようなもので、すぐに効くとは思っていません。しかし、まともなことを言い続けるとじわじわと効いてくるんです。
 私が言論活動を始めたころは、共産党の悪口を言うのはダメ、ソ連や北朝鮮の悪口も言えない、社会主義は何だか良くて資本主義は良くない、そういう時代でした。それから憲法を批判すると議員でもクビになる、国連も批判すると見限られる。このようなことはけしからんとずっと言ってきましたが、今は何を言おうとも構わなくなりました。
 もちろん私一人の力ではないけれど、そういう人がだんだん増えてきて、今ではそちらの方が主流になりました。わずか30年ちょっとの間ですけれども、今昔の感に堪えないですね。言論というのはちゃんとしたことを言っていれば、いつかは効くものです。
 これからも、私の正しいと信じることを言論活動を通じて伝えていきたいと思っています。

玄一氏  僕は今の社会にとっての正義は雇用が増えることだと思っています。
 それで、音楽の世界では毎年数千人の音楽学生が卒業します。僕が学生だったころは芸大を一番で出たら、もう将来の心配をする必要なんて全くありませんでした。まして地方から来た人は卒業後に戻れば大先生でした。
 しかし今は、例えば地方から来た人が一流の音楽学校を一番で卒業しても、第一に目標にするのは「なんとか東京に残ること」です。それほど日本では優秀な人が放置されたり、夢を諦めたりしている状況です。
 僕は演奏会や企画を通して、そういう人たちに演奏の場を与えたいと思っています。その雇用を創出する活動の一環として、会社を立ち上げました。 それとやはり良い音楽を広めたいという想いがあります。
 僕の場合は、会社のみに集中して利益を上げようというスタイルとは違うかもしれません。ベースにオーケストラがあり、そこで力をつけ、ビジョンのもとに他の活動を始める上で、会社があるとやりやすい。
芸術家としての活動、そして会社として社会に成果を問う活動や、社会を啓蒙する活動もあります。それでも会社を10年続けたら、やらなかった場合とは全然違うだろうし、僕がいなかったらこの世に生まれなかったこともあります。だから、会社をやる価値もあると考えています。

昇一氏はすごく多くの著書を出されています。私自身も「知的生活の方法」を拝読し、少しでも活躍出来る人間になりたいと思いました。

 

昇一様  私は今からちょうど30年ぐらい前に「知的生活の方法」を書きました。あれは、学生たちが大学院までは先生が教えたとおりやっていれば良いのですが、社会に出ていくと活躍出来なくなる人が九割であり、それが残念でならなかったのが書いたきっかけでした。
 あの本を通して考えたのが、「杉田玄白と前野良沢の人生」でした。
 解体新書は聞いたことがあると思いますが、杉田玄白が翻訳したものとして有名です。しかし中心となっていた人物がいて、それが前野良沢でした。前野良沢は勉強しながら孤独で死にました。
 杉田玄白は、自分だけ知っているのではなく人のためになろうと本を書きました。そして家族ももっていました。
 前野良沢の生き方も立派だけれども、明らかに杉田玄白の方が日本には貢献したのではないかと思うのです。ここから、自分に出来ることはしまっておくのではなく、世に出すということが非常に大切だと思いました。

「STEP2へ進む」次ページへ続く≫