2011.10.10

夢、理念、志を求めて自分探しをしないこと

株式会社エムアンドジー / 中村信仁

えむ

株式会社エムアンドジー / 中村信仁

高校卒業と同時に外資系フルコミッションの営業会社ブリタニカに入社 
1988年現在の株式会社エムアンドジーを設立 
1998年 有限会社エスエーシー設立 
2010年 株式会社アイスブレイク設立

 

「10歳の時に商売に目覚めた」

中村さんの幼少時代についてお聞かせください

 5人家族で兄と弟がいます。父親は仕事を転々としていて、合計20回以上になると思います。そのため、家は裕福とは言えない状態でした。
しかし、そのような父親にマイナスの感情を抱いたことは全く無く、それどころか自分のやりたいことにチャレンジして行く姿を格好良いと思っていました。自分のやりたいことに挑戦したい、でも家族を養わなければならない、その矛盾の狭間で仕事を変えながらも養ってくれた父親に感謝しています。 

商売に目覚めたのは幼少期とお伺いしましたが。

 僕は10歳の時ですね。 元々はアルバイトで新聞配達もしていました。でもやっていて思ったのが「こんなことやっててもダメだな」ということ。1軒1軒新聞配って、1ヶ月で給料もらっても、自分の足腰は鍛えられるけれども、これは何かが違うと思っていました。そんなある時、新聞を配るのではなく、配る子たちを組織したいと思ったのです。

 

具体的にはどのようなことを?

 当時、オイルショックの只中でした。日本国内からトイレットペーパーが無くなると噂され、皆が買い占めに走り、スーパーからトイレットペーパーが消えていたんです。
そんな中で、私は子供達を10人集めてチームを作り、1個に対して5円のお駄賃で近所を回りトイレットペーパーの注文を取ってくるんです。1人5軒注文を取れば500円の利益になります。 手伝ってくれた皆には当時15円だったコロッケを買っていました。最終的に350円の利益が残る、これが最初の商売でした。

 

中高のころからブリタニカ入社に至るまでの経緯をお聞かせください。

 中学生になって、社長になるにはどうしたら良いかを考えました。そして元手が必要だという結論を出しました。丁度そんな時、自衛官になって4年勤めたら300万ぐらい退職金がもらえると聞いたんです。だから中学を卒業したら自衛官になろうと思い、父親に自衛隊に入ると言いました。すると「将来社長になるって言ってるのに中卒なのか。中卒の社長の下で働きたいって人がいるか?」と言われたんです。
確かに自分もそんな社長の下で働くのは嫌だと思ったので、高校は行くことにしました。 僕は高校の学費は自分で稼いでいましたので、3年間バイトしながらの高校生活でした。 そんな生活をするなかで「学費も大変だし、大学までは卒業してなくても大丈夫だろう。俺は高卒で社長になる」と決意しました。 
次に考えるのが社長に求められるものでした。結論として売上げを作る力だと思ったので、日本一の営業マンになろうと決意し、そしてブリタニカに入社しました。その後4年間ブリタニカに勤め、退職し、株式会社エムアンドジーを設立するという流れです。

 

営業という仕事で、なぜ素晴らしい成果を出せたとお考えですか?

 「僕は社長になる」という目的があったからです。
同僚で営業が辛い、苦しいと言う人は、目的を持たずに生きています。だから一生営業をやるように思い、苦しんでいました。僕は修行させてもらっている、勉強させてもらってると考えていました。お金もらって勉強できるなんて、まるで防衛大学みたいじゃないですか。こんな素晴らしい環境無いだろうと思っていました。 
また、仕事に悩んだ人がビジネス書を読むということがよくあるけれど、結局成果を出せずに終わることが多いです。ビジネス書を読んで出来る気になって終わる人は一度、司馬遼太郎や山岡宗八などの文芸を読んでみることをおすすめします。変なビジネス書を100冊読むより、司馬遼太郎の作品を1冊を読むほうがよほど仕事の役に立つと思います。

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