2014.03.21

最終的には「折れない心」「諦めないこと」

株式会社gumi 代表取締役社長 / 國光宏尚

gumi

株式会社gumi 代表取締役社長 國光宏尚

gumiを牽引するCEO國光宏尚氏は、高校卒業後、単身中国に渡り、その後様々な国を訪れ、10年間の海外生活を送る。
帰国後は、映像関係のベンチャーで創業メンバーとして活躍。
2007年、満を持して株式会社gumiを創業。ソーシャルゲームの領域で大躍進を続ける。
「Zyngaを倒して世界一になる!!」そう明言する國光氏。
世界一になると明言することは、同時にプレッシャーにもなるだろう。
しかし、それでもなお、國光氏には「世界一」を目指す理由があった。

 

【自負も込めて、ソーシャルのモバイル部分はgumiが牽引してきた】

早速ですが、gumiの事業内容を教えていただきますか?

ソーシャルゲームの企画・開発を行なっています。全てひっくるめて、それだけです。そこに全身全霊を注いで、取り組んでいます。

最近ソーシャルゲームの企画・開発を行なっている会社は多くありますが、他の会社との違いはあるのでしょうか?

 それは明確にあります。他の会社は、儲かるから、もしくは流行っているからという理由で始まった会社が多いです。私たちは、そこが明確に違います。そもそも、スタートがソーシャルのプラットフォームを作ることから始まりました。しかも、それはモバイル版です。    だからある程度の自負も込めて言うと、ソーシャルのモバイルの部分は、gumiが牽引してきた、市場を作ってきたと思っています。mixi、GREE、Mobage、そしてFacebookも、モバイル版は我々がベースでできています。  そういう背景があるので、モバイル版のソーシャルゲームの開発と運営に関してのノウハウや考え方、技術は、他の会社とは一線を画すと感じています。

元々は、モバイル版のソーシャルのプラットフォームを作ることから始まったのですね。

 2007年にgumiを設立したのですが、はじめにモバイル版Twitterを作ることから始まりました。Twitterがはじめて発表された当時、大きな衝撃を受け、これのモバイル版があったら、絶対流行るに違いないと思ったんです。当時のTwitterは、PCでしか使えませんでしたので。

その事業アイデアの構想はいつ頃から持っていたのでしょうか?

アイデア自体は、Twitterの発表が契機です。しかし、gumiを創業するにあたってITの分野を選択した経緯は、また他にあります。それは前職での経験が関わってきます。

前職では、どのようなことをなさっていたのですか?

 映像関係の仕事に就いていました。その会社は、初めからあった会社ではなく、一緒に起業し創業メンバーとしてスタートしました。コンセプトは、入り口から出口までというもので、言われたことをこなすだけではなく、お客様に届くまでプロデュースすることを目標にやっていました。
   しかし、コンセプトとは逆に下請けのような仕事が増え、自分たちのやりたいことができない日々が続きました。そこで、いっその事、頼まれた仕事を全て断るようにしました。すると、驚いたことにうまくいきはじめたんです。これは事業をやればわかると思うのですが、生意気でもアイデアがある会社は、それだけで魅力的なんです。そうして、映像系では有名なベンチャーになっていきました。

そのように成長しているのにもかかわらず、なぜ映像関係の仕事を辞めてしまったのでしょうか?

魅了的なコンテンツの反面で、どこかもどかしさを抱えていました。どれだけ革新的なアイデアや企画があっても、なかなか実現することが難しかったのです。やはり、業界全体の体質が古く、新しいことに挑戦することは、大きなリスクがあります。映像業界には、慣例というものがあり、イノベーションを起こすことが難しい環境でした。

國光さんにとってイノベーションはひとつのキーワードのように感じます。

世界にイノベーションを起こしたいという気持ちは常に持っています。しかし映像業界はイノベーションを起こしたくても起こせないという、イノベーションのジレンマを抱えています。さらには、著作権というものも、イノベーションの邪魔をしています。今日の日本の法律上、著作権というものは複雑すぎます。    そこで、自らイノベーションを起こすべく起業を選択しました。

では、なぜ映像系ではなく、ITの分野に選んだのですか?

 元々IT関係のネタは好きというのもありますが、ITの分野だとイノベーションを起こせる可能性が映像業界に比べて、高いと感じました。だからIT業界に参画したことは、自然なことです。  起業のきっかけは縁ですね。ちょうどその頃、ブログというものが流行っていました。特に当時は、自己顕示欲が高いブログです。「どこどこの社長のブログ」といったタイトルのようなものですね。    私は基本的に流行に乗っていくタイプなので(笑)、『映像会社で働く取締役のブログ』のようなタイトルででブログを書いていました。大多数が食事や子供のことを書いている中で、私は真面目なことを綴っていました。というよりも、切ない思いをブログにぶつけていました。

切ない思いとは一体…?

私はITネタが好きな一方、当時の映像業界はまだまだアナログ社会でした。ゆえに、話が通じる人が多くありませんでした。  今となっては笑い話ですが、ある日私の部下が取引先に怒られていました。話を聞いてみると、「メールしたんなら、電話しろよ!」と説教されています。私は部下から助けを求める目線を送られましたが、怖かったので助けませんでした(笑)
 こういった経緯もあって、抱えていた切なさをブログにぶつけていました。

それがgumiの創業につながってくるのですか?

海外のネット事情を翻訳したり、それに対する自分の感想を書いたりしている内に、私のブログは人気を得ていました。今もそうですが人気のあるライター同士は、交流を持っていました。そこでブログを通じて、ウノウの山田進太郎さんに出会いました。彼もまた人気ブロガーでした。
 交流を重ねるうちに、意気投合しました。そして、私はエンターテイメント、山田さんが技術まわりを担当して、会社を作ろうという話になりました。それがgumiです。

いよいよ、gumiのスタートですね。

はい。先ほど話した通り、モバイル版のTwitterからスタートしたのですが、予想以上に苦戦しました。    今振り返ると、苦戦した理由は、スマートフォンがなかったことに起因すると思います。今でこそ、スマートフォンが普及されつつありますが、当時はほとんどがフューチャーフォン(ガラケー)でした。だから、我々のターゲット層であるIT系の人々は携帯電話でネットを見るという習慣がありませんでした。ビジネスにおいて、アーリーアダプターを確保することは必要不可欠です。    では、私たちのアーリーアダプターは誰だったかというと、女子中高生だったんです。ビジネスを起こす際には気をつけたほうが良いことですが、自分がリーチできない分野でビジネスを起こすのは不可能に近いです。

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