2014.02.27

「偶然」を「察する」力=「偶察力」

株式会社東京片岡英彦事務所 代表取締役 一般社団法人 日本アドボカシー協会 代表理事 世界の医療団(認定NPO法人)広報マネージャー / 片岡英彦

片岡様

株式会社東京片岡英彦事務所 代表取締役 一般社団法人 日本アドボカシー協会 代表理事 世界の医療団(認定NPO法人)広報マネージャー / 片岡英彦

1970年9月6日 東京生まれ神奈川育ち。京都大学卒業後、日本テレビ入社。報道記者、宣伝プロデューサーを経て、2001年アップルコンピュータ株式会社のコミュニケーションマネージャーに。後に、MTVジャパン広報部長、日本マクドナルドマーケティングPR部長、株式会社ミクシィのエグゼクティブプロデューサーを経て、2011年「片岡英彦事務所」を設立。企業のマーケティング支援の他「日本を明るくする」プロジェクトに参加。2013年「株式会社東京片岡英彦事務所」「一般社団法人 日本アドボカシー協会」設立。2011年以降、フランス・パリに本部を持つ国際NGO「世界の医療団」の広報責任者を務める。

Adobe(アドビ システムズ株式会社)の学生向けSNS施策の立案、日本テレビグループのLIFE VIDEO社の広報プロデューサー、iphone5(au)戦略PRプロデューサー等を務める。マガジンハウス/Webダカーポではインタビューコラム「片岡英彦のNGOな人々」を、Yahoo!ニュースでは「片岡英彦のありがちな話」を連載中。

 

「できない理由」を挙げることは簡単なんです

現在どのような事業をされているのでしょうか。

 今、主に2つの事業をしています。 1つ目は「世界の医療団」というフランスのパリに本部を持つ国際NGO団体の職員をしています。このNGOは、医師や看護師などを世界中の医療の手の届かない国や地域に派遣し、必要な医療活動を施すためにお手伝いをしています。滝川クリステルさんが親善大使をしています。そこで週3日分、勤務しています。残りの週4日分は株式会社東京片岡英彦事務所の社長として働いています。

どうしてお仕事を2つされようと思ったのでしょうか。

 mixiでエグゼクティブ・プロデューサーとして宣伝や広報の仕事をしていたのですが、2011年3月に東日本大震災があり、PRや宣伝をしている人間として何かできることはないかなと考えました。すぐに会社を辞めて物資など運んでもそれは私の専門の仕事ではありません。あまり役に立つことはできません。そこで、国際NGOに入って、主に広報・PRの立場から被災地支援を行ってみようと思いました。

ところが、自分は4人家族がいて住宅ローンや子供の将来の教育費等もかかるので、NGOの仕事だけでは、短期的にはともかく、長期的には、これまでの生活を維持できないと思いました。いくら自分が、今やるべき仕事とはいえ、自分の家族を幸せにできなければ、他人を幸せにはできません。そこでNGOの方々と一緒に「どうすればできるか」という「できる方法」を考えました。その結果、週3日はNGOで働き、残りの4日を自分の専門分野の仕事をして両立すれば可能だと分かったのです。実現するためには、多くの周囲の方々のに協力を頂きました。準備に半年かかりました。家族とNGO職員の両立を考えた結果、現在の形になりました。

土日もフルで働いているのでしょうか。

 土日は比較的オフィスで執筆活動をしています。ダ・カーポ、Yahoo!ニュース、マイナビニュース、フジサンケイビジネスアイ、プロフェッショナル談、TOKYO WOMANと現在7つのメディアで連載を行っています。もちろん子供もいますので、ずっと働き続けているわけではありませんが、ここからここまで働いているといった線引きは意識していません。いつ電話がきても取れるようにしなくてはいけないですし、メールやSNSを使って緊急の連絡は日本からも海外からも常に届きます。むしろ定休日がしっかり決まっているのは世界中の一部のサラリーマンだけですよ。(笑)

片岡さんは仕事とプライベートを分けていたりはしないのですか。

 ワークライフバランスという言葉を聞くと「ダサいな」と思います。仕事で出会った人に面白い人がいたら家族にも話して「こういう人どう思う?」と聞くこととかって、これは仕事なのかプライベートなのか考えても意味ないですよね。仕事でも、最初はプライベートの会食の場から出会いが始まり、徐々に仕事の話につながることもある。逆に奥さんや子供と話す会話の中から仕事のヒントを掴めたりもします。だから分ける意味が分かりません。24時間自由といえば自由だし、24時間仕事をしていると言えば仕事をしています。極論ですけど、仕事できない人に限って「ワークライフバランス」とか言うと思いますよ。仕事にもプライベートにも「没頭」できないから「線引」にこだわるのだと思います。

東日本大震災がなければ、片岡さんはNGO等の活動には興味を持たれなかったのでしょうか。

 元々、日本テレビの報道記者でした。1994年に入社。1995年には阪神淡路大震災とオウム事件がありました。新人記者でも現地レポートなどをしました。でも、入社したての自分は何もできなかったんです。何もできなかったことがずっと心に残っていました。このような大災害は2度と起こって欲しくないと思っていたのですが、2011年3月11日に東日本大震災が起きました。その時は、報道記者ではなく広報を主にしていました。阪神淡路大震災の時と異なり18年もの広報分野での経験を積んでいました。広報という分野では何かできると思いました。ただ会社員として短い休暇を取って震災地に行くことは可能ですが、あまりに大きな被害の様子をテレビで視て、これは長期に渡り携わらなくてはいけないと思いました。

「できない理由」を挙げることは簡単なんです。家族がいるからとか、家のローンがあるからとか、いくらでも出てきます。でも、「できる方法」を考えた時に、「週3日でもNGOで正職員として働く」という解決策にたどり着きました。よく週3日でもいいと言ってくれたと思います。(笑)「できる方法」を一緒に考えていただいたことに感謝をしています。よく何でも「戦略」が大事だと言いますが、逆に僕は「結果」から「戦略」を考えます。

ゴールから決めるということでしょうか。

 そうですね。戦略から考えてしまうとできない理由ばかりたくさん思いつくんです。そうじゃなくて、「震災支援をPRのプロとしてする」とゴールを決める。ただ、そのまま突っ走ってしまったら今まで務めていた会社にも家族にも迷惑をかける。実現可能なラインを探っていくんです。努力やアイデアを一生懸命考えると、いつも周りの人が助けてくれます。

自分や家族の普通の私生活を投げ捨ててしまって、自分一人でも生きて行こうと思えば、大抵どんなことでもできます。でも、それをしてしまうと後からマネる人がいなくなってしまうんです。例えば、自分が収入0で震災地に行き、そこで尊敬・感謝されたとしても、そのために家族を路頭に迷わせて、会社を投げ出してしまったら、自分もああいう風になろうと自分よりも若い人から思われなくなってしまいますよね。他の人のロールモデルになりえないのです。後続してくれる人が出てこないことには決して世の中の流れは変わりません。

「STEP2へ進む」次ページへ続く≫