2014.06.18

経営者は最高に贅沢な人間修行

株式会社イマジンプラス 代表取締役社長 / 笹川祐子

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株式会社イマジンプラス 代表取締役社長 笹川祐子

1997年創業、セールスプロモーションの総合人材サービス、人材派遣、教育事業を全国展開で経営。売れる販売員、若い人材育成を通して日本の将来を支える、元気な人材輩出企業。
2012年教育事業の子会社イマジンネクストを設立、代表取締役に就任。
創業18年目、「売れる販売員」が全国各地で活躍中。 看護師紹介、グローバル人材紹介等新規プロジェクトに着手。
北海道出身。著書には『絶対幸運体質』(電子書籍)。
社長ブログは女性社長や本・読書ランキングで上位を更新中。道産子社長会会長

 

株式会社イマジンプラス HP

イマジンプラス社長 笹川祐子 感謝ブログ

 

【合言葉は「3倍のスピードで!」】

まず始めに御社の事業内容を教えてください。

 主にデジタル関連製品や各種家電の販売員育成からスタッフィングまでを行うセールスプロモーション事業、事務やコールセンタースタッフの派遣を行う人材派遣事業、人材紹介事業、アウトソーシング事業、そして教育研修事業を中心とする人材サービス業、これらを全国展開しています。

起業のきっかけを教えていただけますか?

 20代後半、札幌のパソコンスクール立上げの際、運営に携わる中でこの仕事の面白さを感じ、将来は“経営する立場“になりたいと思うようになり、バリバリ働いていました。
 当時所属していた会社が急成長していく中で、私は営業、企画、マネージメントから広告宣伝、採用人事、社長室長まで全ての仕事を任されていました。最終的には資金繰りについても勉強させてもらい、今にして思えばここで起業に必要なことをすべて学んだんですね。毎日すごい仕事量を上司から任されていたので、スピード出世を果たし、仕事にプライベートに充実した日々を送っていました。そんなある日、東京の事業家と出会い、熱心に誘ってもらい、「いずれ新規事業をやりたいんです」と公言、それを契機に上京しました。30歳目前のことでした。
 入社後も毎日遅くまで働きながら新規事業を模索し、常にビジネスチャンスを伺っていました。そしていよいよインターネットの時代が到来すると思ったので、その周辺のサポートビジネスを始めよう!と新規事業を立ち上げたのです。お世話になった事業家の会社で7年間順調に業績を伸ばし、2003年に独立しました。本当に大きなサポートをしてもらって感謝いっぱいです。良き社員、スタッフ、お客様に恵まれました。今年で、創業時から18年目になります。

なぜIT関連の人材育成という分野に着目したのですか?

 当時、インターネットの普及が急速に進んでいたにも関わらず、現場レベルでITに詳しい人材がいないことに気づいたからです。展示会場に行って廻りを見渡しても可愛いコンパニオンが居るだけで、パソコンの製品説明やインターネットのご案内を十分にできる人が全く居なかったんですね。そこで、そのコンパニオンを教育し、現場でパソコンのプロモーション販売を行ってもらえば、鬼に金棒だなと思ったんです。その予想は的中しました。ビジュアルがよく、豊富なパソコン知識を活かした製品説明やご案内ができ、それに加えてビジネスマナーも兼ね備えている人材は、市場において大きな需要があったんです。あとはこちらから営業せずとも、現場で働くうちのコンパニオンの様子を見た大手メーカーから続々声が掛かりました。すぐに全国展開を果たすまでに成長し、リーマンショックまでは急成長を遂げることができました。

起業して、すぐに事業がヒットした原因は何でしょうか?

 ずばり時流とタイミングです。これは成功する事業の秘訣なのですが、「追い風のビジネスで三倍の努力をする」と、急成長していけます。私の頃は時代が良くて、まさにこれから世の中がパソコン、インターネットブームを迎えるという時でした。当時、派遣法の規制緩和で業界自体が大きく伸びたこともプラスに作用しました。私はうまくその時流に乗り、社員一同、「3倍のスピードで!」を合言葉に頑張ったので、おかげさまで順調に成長できました。

「三倍の努力」とは、具体的にどのようなものでしょうか?

 三倍の努力とは、「ごく当たり前の仕事を丁寧に、かつスピーディにこなす」ことです。お客様のお問い合わせにクイックレスポンスする。御見積書や企画書、御礼メールはすぐ送る。電話はすぐとる。整理整頓を心がける。約束・時間を守る。悪い報告ほど早くする。トラブル対応は迅速に。例を挙げればキリがありませんが、実はこういった当たり前のことが、慣れてくると次第に疎かになるんですね。「起業から10年後には5%の会社しか存続出来ない」というのは、当たり前の事を当たり前に出来なくなることが原因です。私たちはこういった細やかな気遣いや丁寧な対応を常に心がけることにより、お客様からの信用を得られ、たくさんの方の応援を頂くことができました。

ここまでお話を聞いていると、最初から事業も大ヒットし、順風満帆だったように聞こえるのですが、向かい風だった時期はありませんか?

 もちろん、大変な時期もありましたよ(笑)創業3年目には、人や組織のことで大変な苦労をしました。会社として最大の危機を迎えたのは2008年、世を騒がせた世界的金融危機、リーマンショックの時でしょう。日本でもその煽りを受け、多くの企業が経営困難に陥り、急速にリストラが進みました。当社はリーマンショック直前には年商46億まで伸びており、上場の準備をしていたんです。
 そんな折の歴史的大事件でした。急転直下、毎月売上がどんどん下がっていき、数字を見る毎に恐怖を覚えました。そして上場を諦めざるを得なくなったのです。
  その後の2年で12億も売上を落としましたが、リストラすることなく、社員みんなで頑張って赤字にせず乗り切れたのは、大きな自信につながりました。

リーマンショックの時は大打撃を受けた訳ですね。その影響で会社の売り上げが下がっていく中、現状を打開するためにどのような取り組みをしましたか?

 社内で安心感を共有できるように努めました。テレビでは企業が潰れていく悪いニュースばかりが報じられていましたから、皆不安がっていました。職場は危機感と不安感で溢れ返っていて、「これはまずい!」と思いました。そこで私は皆に安心感を与えようとしたんです。この時に重視したのが、社内リリースです。わが社はそれまで順調だったので、不景気でも銀行が継続融資してくれたんです。
 「今日は○○銀行さんから2億円の融資を受けました。経営は決して楽ではありませんが、すぐに潰れることはありません。現金は潤沢です。だから安心して下さい。チーム一丸となって、頑張っていきましょう!」融資を頂いた日は必ず社内へリリースしました。こうやって、社内へ具体的な数字を公表していくことで、潰れる心配はないという安心感を与える努力をしました。おかげで現場の士気も高まり、経営も黒字をキープできました。

会社を経営していく中で、心がけていることはありますか?

 会社経営の上で常に心がけていることは、企業理念やポリシーを末端まで浸透させていくことです。わが社では、企業理念や社員心得が書かれたイマジンハートという小冊子を社員全員に配布しています。週に二回、朝礼で社員がこのイマジンハートを復唱する時間をとり、常に企業理念を意識してもらうように働きかけています。年度末には社員からの意見や改善案を取り入れつつ、時代にあったキャッチフレーズや、社員心得へと作り変えていく努力もしています。

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